想像すること



最近は実家に戻っています。

実家にいるとすでに私物は何もないので、することも限られ、

ぽっかりと空いた時間の中にいます。

今はこの中で求められたことをするのが大切な役割だと思って。

やることがないので、昔集めた雑誌や本を読み返していて

これがどれだけ自分というものを形成するのに

重要な役割を果たしていたかとしみじみ。

2005年あたりのクウネルは、とにかく好きな感じドンピシャで、

今読み返しても色褪せることなく、あれから13年も経っていることに驚愕した。

岡尾美代子さんの旅支度のページなんて100回以上は眺めてる。

あの頃憧れていて記憶から消えていたものも身体にしみこんでいるのだ。

私の青春時代はインターネットなんてあまりなく、

すべては雑誌と想像力だった。

恋愛も、相手がどこで何をしてるか想像するしかなくて

今みたいにSNSでそれを知るなんてつまらない時代じゃなくてよかった。

バックパック旅も、地球の歩き方のページを切り取ったり、

各国のインターネットカフェで必死に情報をメモしたり、

英語のロンリープラネットを辞書片手に読み解いたり、

考える力を総動員して右往左往してた。

買い付けという仕事をする今になっても

想像力が多いに私を助けてくれる。

買い付けに出る前は全体的にどんなイメージかをまず考える。

展示会場のテーマがある場合はその内容を、

テーブルのサイズが決まってる時は並べる順番や

ディスプレイの仕方をノートに書いたり、切り貼りしていく。

こういう風にするようになって失敗が減ってきた気がする。

始めた頃は「なんでこんなの買ったんだろう。」と後で思うものが必ずあった。
(今でもある、あ、そういうものは販売していません。)

今は悩んだら買わないようにしているけど反省点は尽きない。

SNSを見ていると、今はいろんな人がいろんな国に行って、

見たことない素敵なものを見つけて紹介していて

無意識にそれに影響されて自分ももっとあちこちいかないと、

なんて焦った時期もありましたが、それがいちばん危険なことだと。

自分の芯がなくなるし、無鉄砲なことをして危ない目にあう可能性もあるし、

そもそもそれが自分のやりたかったことなのかどうかも疑問になる。

SNSはほとんど見ず、自分の中に「どこかに行きたい」と湧き上がってくると

じっくり情報収集してじっくり考えるようになりました。

これはすべてのことにおいて。

「誰かがやっていることがすごいからと言って、

人間的にあなたの上であるってことではないのだよ。」

とは昔友人が私に言ってくれた言葉。

私は父を診てくれる看護師さんたちを腹の底から尊敬しています。

誰かのために生きるって尊いです。


また読み返してる谷川俊太郎の詩の一節より。

日常こそが尊い、これに尽きる。


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ここでただいまを云い続けよう

おまえがおかえりなさいをくり返す間

ここへ何度でも帰って来よう

ここで熱いお茶を飲もう

ここで一緒に坐ってしばらくの間

涼しい風に吹かれよう


(地球へのピクニック)

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